国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は7月27日、新潟県佐渡市の「佐渡島の金山」を世界文化遺産に登録した。登録を巡っては、韓国から「朝鮮半島出身者らが強制労働させられていた場所だ」との反発もあったが、最終的には日韓で合意を得て、全会一致で採択された。同金山の概要などを紹介するとともに、今回の登録の意義や世界遺産が果たす役割などについて、元ユネスコ事務局長の松浦晃一郎氏に聞いた。
<概要>
佐渡島の金山は17世紀に、世界有数の質と量の金が生産された日本最大の鉱山遺跡で、「西三川砂金山」と「相川鶴子金銀山」から構成される。江戸幕府の管理の下、19世紀半ばまで手作業による鉱石採掘や小判製造などが行われた。鎖国下で国外からの技術や知識が制限された中、日本各地から鉱山の専門技術者を集めて技術を結集した。
鉱床が山に対して横向きに分布する西三川砂金山では、砂金を含む山を人力で掘り崩した後、堤にためた水を一気に流して土砂を洗い流す「大流し」の手法で砂金を採取した。
これに対して鉱床が縦に広がる相川鶴子金銀山では、排水や換気などの課題を解決する掘削・測量技術が発達。人々が競い合って山を削った跡がV字型で残る「道遊の割戸」は象徴的な光景だ。
文化庁によると、佐渡島の金山の金の生産量は17世紀前半に世界の1割を占め、最高純度は機械や化学薬品を用いた西洋のものよりも高い99・54%。「伝統的な手工業による金生産システムの最高到達点」と称される。佐渡島の金山で生産された金は、江戸幕府の財政基盤となり、さらに世界経済にまで影響を与えていたという。
世界文化遺産の登録に向けては、2010年に国内推薦候補の「暫定リスト」入り。21年末に国の文化審議会が推薦候補に選んだものの、戦時中に朝鮮半島出身者が過酷な環境で働いていたことから、韓国政府が撤回を求めていた。
<インタビュー>
■(登録の意義は)元ユネスコ事務局長 松浦晃一郎氏に聞く
■伝統的な手工業が評価
――佐渡島の金山が世界文化遺産に登録された意義は。
松浦晃一郎・元ユネスコ事務局長 世界遺産に登録されるためには「顕著な普遍的価値」、つまりは「誰が見ても人類共通の宝として納得できる世界的な価値」があると認められなければならない。佐渡島の金山は、世界各地で鉱山の採掘が機械化されていく中で、日本の伝統的な手工業による生産技術を極限まで高めた点が評価された。
江戸時代の17世紀前半には世界の金の約1割を生産したとも言われ、人類の歴史の中で非常に大規模な金山と位置付けられる。
さらに、ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロが著書『東方見聞録』に記した「黄金の国ジパング」というイメージにも合っているので、国際的に注目されているのではないか。
■地域住民の主導で登録の機運高める
素晴らしいと思ったのは、佐渡島の金山の価値を認識した住民の有志が「世界遺産にする会」を立ち上げ、地元主導で佐渡市や新潟県、政府を巻き込みながら登録への機運を高めていったことだ。私もユネスコの事務局長を退任した後に現地を視察したが、地域で盛り上げていこうという熱意を強く感じた。
次のステップとしては、遺産を保全するとともに国内外への広報宣伝活動を通じて、佐渡島の金山の価値をより多くの人に知ってもらう努力が必要になるだろう。
■日韓政府の合意に安堵
――当初反発していた韓国とは、朝鮮半島出身者を含めた鉱山労働者の過酷な環境を説明する展示を設けることで合意した。
松浦 世界文化遺産としての対象期間は江戸時代までだが、金山での作業はその後も続けられており、特に第2次世界大戦中は朝鮮半島出身者が厳しい環境で働いていた歴史的な事実がある。
ユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)からは、世界遺産としての価値が認められる期間以外も含めた「フルヒストリー」で金山の歴史の展示や説明をするように勧告されていた。
私も、世界遺産登録に当たっては客観的な資料に基づいた説明が必要と表明してきたので、日韓の交渉が合意に至ったことに安堵している。韓国の賛同を得られたおかげで、慣例である全会一致での登録決定が実現し、完全な形で世界的な価値が認められたと言える。
■フルヒストリーで金山の歴史伝えよ
一方、今後の取り組みには注意が必要だ。2015年に世界文化遺産に登録された「軍艦島」の通称で知られる長崎市の端島炭坑を含む「明治日本の産業革命遺産」では、フルヒストリーでの展示をすると約束したにもかかわらず、21年にユネスコの世界遺産委員会から対応が「不十分」との決議を採択されてしまった。同様の事態は避けたい。
佐渡島の金山は軍艦島に比べてデータがかなり残っているようなので、日本にとってマイナスと捉えられかねない内容も含めて客観的な説明・展示をしていくことが大切になる。
■文化と平和が密接に関係
――世界遺産が果たしている役割は。
松浦 ユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」との有名な一節に続いて、「相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった」と記されている。
世界遺産には、多元的な文化の相互理解を促進することで、国家間対立の緩和や戦争の防止につなげる狙いがある。過去には、偶像崇拝を認めないイスラム主義組織が世界文化遺産であるアフガニスタンの巨大石仏を爆破した悲劇もあった。文化と平和は密接に関係している。
■登録を契機に相手の意見理解する努力を
今回の例で言えば、佐渡島の金山は日本にとっては世界に誇る黄金の国ジパングの象徴であるポジティブな遺産だが、韓国にとっては過酷な環境での労働を強いられた負の遺産となる。
登録を契機として改めて金山の歴史と価値を学ぶとともに、自分たちの言い分を主張するだけでなく、相手側の意見を理解する努力が進めばと思っている。
まつうら・こういちろう 1937年生まれ。東京大学法学部を経て外務省入省後、香港総領事、駐フランス大使などを歴任。99年11月から2009年11月まで、アジア人初のユネスコ事務局長を務める。著書に『世界遺産-ユネスコ事務局長は訴える』など。
■公明、魅力発信へ尽力
佐渡島の金山に関して公明党は、中川宏昌・北陸信越方面本部長(衆院議員)と竹内真二・新潟県本部顧問(参院議員)が昨年6月に現地を視察するなど、世界文化遺産登録の意義を確認するとともに魅力発信に取り組んできた。
登録決定後の今年7月27日には、山口那津男代表が祝意を示した上で、「世界文化遺産に認められた意義を日本のみならず、世界の人々と共有できるよう、広報や遺産の生かし方についても政府や自治体、地元と共に前向きに進めていくべきだ」と述べている。